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V6岡田が『追憶』の撮影を通して見えてきたものとは!?

V6岡田が『追憶』の撮影を通して見えてきたものとは!?

「駅 STATION」(1981年)、「夜叉(やしゃ)」(85年)、「鉄道員(ぽっぽや)」(99年)など、数々の名作を世に送り出してきた監督・降旗康男と撮影・木村大作の名コンビ。その2人が9年ぶりにタッグを組んだ映画「追憶」が公開された。主演の岡田准一さんが、撮影を通して見えてきたもの、そして自身の仕事のあり方について、語ってくれた。

──この作品の撮影を通じて、岡田さんのなかにもいろんな変化が生まれたと伺いました。

 降旗康男監督に木村大作キャメラマンというすごい現場で、本当にいい経験をさせていただきました。撮影が終わったときに大作さんから、「そろそろお前は、もう演じるっていうことをやめたらいいんじゃないか」って言われたんです。それまで僕は、「がんばって役を演じる。役になりきる」ことに力を注いできたんですが、人間の姿を撮り続けてきた方にそう言われて、考えさせられるものがありました。“がんばる”ってことに美しさを感じている自分がいるんですが、これからはいい意味で力を抜いていくことも必要なんじゃないかと。もちろん役柄や現場によって求められることも違いますが、もしかしたら今後、自分の芝居が変わるんじゃないかって感じています。

──変わりたいという思いがあるのでしょうか?

 あります。「仕事はがんばるもの」「役は演じるもの」というスタンスでずっと仕事をしてきたけれど、もっと自分のなかから出てくるものをさらけ出すことによって、違う役柄に出会える可能性があるのかなと思いました。性格的なものもあるので、難しいのですが。たとえば勝新太郎さんは、撮影で国宝級のキセルを手にして、それを芝居中にバーンとたたき壊したという伝説があるんですよ(笑)。芝居となったら、そこまでできてしまう。でも僕は、そういうものを大事に扱ってしまうタイプなんです。

──以前、V6のメンバーがあるインタビューで、「デビューから一番変わった人は?」と聞かれ「岡田君」と答えていました。

14歳から36歳になったので、さすがに変わりますよ(笑)。でも、6人の関係性は今でもあまり変わりません。さすがに14歳の扱いは受けないけど、グループに戻れば一番後輩になりますから。

──映画は少年たちが25年の時を経て再会するというストーリーですが、岡田さんはどんな少年でしたか?

 小学校高学年の頃は、まだ太ってました(笑)。近所のクリーニング屋さんで駄菓子を売っていて、そこのいちごクリームパンが大好きで、毎日買いに行ってましたね。ドッジボールばっかりしていて。目立つこともなく、地味でもなく、いわゆる普通の少年でしたね。

──そして14歳でV6としてデビューされるわけですが、近年は役者としても目覚ましい活躍をされています。アイドルと役者、ご自分の中で区切りはつけていますか?

 求められるものが違いますからね。でも、「役者として」「アイドルとして」というのはあまり考えたことがなくて、岡田准一としてどう成長できるかが、大事だと思っています。いかに自分を磨くか、ちゃんと動ける体を作るか、そこにこだわってやってきましたから。

──デビュー当時に思い描いていた未来と比べて、今のご自身をどう思いますか?

 14歳のころは、まさかこのトシまで仕事しているとは思いませんでした。でも、今はこうして映画のお仕事もさせていただいて、なりたかった自分にはなれてるかなと思います。昔から画面で見ていた方とお仕事でご一緒したりするといまだに不思議な気分になりますし、まだまだ足りないところばかりですが。求めていただける限りは、それに応えつづけていきたいと思っています。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170512-00000025-sasahi-ent&p=2

  

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